地衣類とは

地衣類とは

地衣類は、菌類と藻類(主に緑藻やシアノバクテリア)が共生関係を結んでできた複合体です。また、分類学(国際植物命名規約)上は、その複合体を構成する菌類(共生菌)のことを地衣類とみなしています。従って地衣類は、系統的に一つのまとまりを成す分類群ではなく、複数の系統から生じた、藻類との共生という生態的あるいは生理的な特徴を共有する(=「地衣化」する)菌類の総称です。

一方、地衣類は、一般には蘚苔(センタイ)類(コケ植物)などとともに「こけ」と認識されていることが多いです。「こけ」は「むし」などと同じく雑多な小さな生物群の総称であり専門用語ではありませんので、地衣類のことを「こけ」と呼んでも間違いではありません。しかし、コケ植物(あるいはコケ類)というと間違いになります。


地衣類の分類

種数

地球上に生育する地衣類(この場合は共生菌)は1万4千種とも2万種とも言われています。このうち1602種が日本から記録されています(Harada et al. 2004)。現在でも多くの新種や日本新産種が報告され続け、その一方では多くの種名が異名として整理されています。このため正確な種数は把握しにくいのですが、日本産の地衣類は、最終的には2千種程度に達するものと予想されます。


子嚢地衣と担子地衣

地衣類の共生菌のほとんどは子嚢菌類で、ごくわずかが担子菌類です。子嚢菌からなる地衣を子嚢地衣類、担子菌からなる地衣を担子地衣類と呼ぶことができます。日本産種を例に取ると、子嚢地衣類は1585種(1602種のうち、98.9%)であるのに対し担子地衣類は5種(0.3%)に過ぎません。また従来は不完全菌類(不完全地衣類)と呼ばれていた12種(0.7%)は、現在では子嚢菌類のアナモルフ(不完全世代)とされるので、これを加えると子嚢地衣類は1597種、全体の99.7%に達することになります。子嚢地衣類は系統的にじつに多様で、日本産地衣類では15目に及びます。この中で地衣類種数として最大の目はチャシブゴケ目Lecanoralesであり、ハナゴケ属、サルオガセ属、ウメノキゴケ類、ムカデゴケ類、キゴケ属など、比較的よく目に付く大型地衣類の大半を含んでいます。


分類形質

子嚢地衣類の分類形質として、目や科などの高次分類群で重視されるのは、子器(しき;菌学でいう子嚢果のこと)と子嚢です。樹状(じゅじょう)・葉状(ようじょう)・痂状(かじょう)といった生育形や、地衣体の諸形態は、属以下の分類群の形質として重視されることが多いです。地衣類ではまた、地衣成分と呼ばれる二次代謝産物が古くから分類形質として注目され、分類学に積極的に取り入れた、化学分類学が大いに発展しました。


共生藻

地衣類の共生藻は、緑藻の仲間かシアノバクテリア(藍藻)です。地衣類(この場合は共生菌)の科ごとに共生藻の種類はおおよそ決まっていて、例えばウメノキゴケ属では、単細胞性の緑藻の仲間であるトレブクシア Trebouxia属です。共生菌が同じ種であっても、共生藻はトレブクシアの何種かにわたる場合もあり、それは菌の種によって多少とも異なります。逆に、トレブクシアの同じ種が、ウメノキゴケ属の多数の種の共生藻となるばかりでなく、サルオガセ属やムカデゴケ属など、多様な共生菌のパートナーとなることがごく普通です。

一つの地衣体に同時に緑藻とシアノバクテリアが共生しているという、変わり者はキゴケ属やカブトゴケ科などです。この仲間では、緑藻がおもな共生藻として地衣体の広い範囲に分布していますが、藍藻は頭状体(とうじょうたい)という塊となって点在しています。


学名は共生菌のもの

かつて地衣類は、菌と藻の共生体とは考えられていなかったために、その学名は自ずと地衣類の体全体、つまり菌と藻の複合体に付けられていたことになります。しかし、後に菌と藻の共生体であることが明らかになったため、菌だけに対し新たな学名を与えようとした研究者が出てきて、多くの新しい学名を作り出してしまいました。また、複合体に対する学名とみなすのであれば、共生藻の種類が違うとき、学名を変えるべきであるかといった疑問も生じました。そこで、「地衣類の学名は、菌に対しつけられたものとみなす」という取り決めがなされ、これが現在の国際植物命名規約に受け継がれています。この考えに基づき、地衣類独自だった分類体系を、菌類の分類体系に組み込もうとする努力が20世紀中ごろから始められ、現在に至っています。

(原田浩私見)